2011年6月18日土曜日

つぶやかず、疑わず、祈り続ける

ピリピ2:14

「すべてのことをつぶやかず、疑わずに行いなさい」


私たちは、けっこう、疑います。本当かなと思います。それは、人の言葉が間違いだったり、うそだったりして、そのことでひどい目にあうなどしたからです。しかし、正しいとしたらどうでしょうか。
聖書は誤りない、神の言葉ですから正しいのです。

神の言葉を守って、神様に祈り、感謝して信仰の対応をすると、様々な問題が、神様が働いて、解決されたりします。

たとえ、解決されなくても、神の栄光が現れます。

しかし、聖書の言葉を信じてそれを守る人は、すくないのです。
祈ったらすぐに解決しないからです。

問題を解決するのは、神様です。
私たちは忍耐を持ってその時がくるまで祈るのです。

つぶやいたり、疑っては、神の言葉に反します。
応えられるまで祈り続けましょう。

切なる祈りと願い。祈りきる

ピリピ1:20



「それは私の切なる祈りと願いにかなっています」

パウロは、切なる祈りそして願いと言っています。
イエス様もゲッセマネの園で苦しみもだえて、いよいよ切に祈られ、汗が血のしずくのように地に落ちました。

私たちは大きな問題や困難があった時、切に祈りましょう。

祈りっぱなしでも神様は覚えています。
しかし、心から求めて祈った方が聞かれますよ。

大事なことは神様の語りかけがくるまて゛祈ることです。つまり、祈って神のみこころの確信がくるまて゛祈り切ることです。

祈り切る祈りにチャレンジしてください。
必ず神様答えてくださることを忘れないようにしましょう。

新しい人を身につける

エペソ4:24



「新しい人を身に着るべきことでした」

私達は自分の情欲の中で生きて来ました。
つまり、感情や欲望、欲求を歩みを中心にして来ました。
感情や欲求の全てが悪いのではありませんが、情欲を中心にするといつの間にか曲がってしまうのです。
間違いなく歩もうとしたら、神様を中心にして神の恵みの中で歩んで行くことが一番です。

信仰は神を信じ、神のことばに従って歩むことです。

それは新しい人を身に着ることになります。

私達は、古い人が身に着いていますから、エイコラとその考えや思いを捨てなければなりません。
そして、神のことばに立つのです。

新しい人は、怒っても罪を犯しません。

骨をおって働き、必要な時に人の徳を養う言葉を話し、互いに親切にし、心優しい人となって、互いに赦し合うのです。
そして、神の聖霊を悲しませないようにします。

ワァ~。無理だと言って、白旗をあげている人がいますか?
その人は神様に祈りましょう。「私はできませんのでできるようにしてください」と祈ってくださいね。それが信仰の踏み出しですよ。

全てが、感謝ですね。

神の国の共同相続人

エペソ3:12



「大胆に確信をもって神に近づくことができるのです」



私達は、イエスキリストを信じる信仰により、一つの体に連なり約束にあずかる神の国の共同相続人です。

従って、イエスキリストのみからだである教会を通して、神の知恵が示されます。

また、私達は何時でも神様に大胆に近づき祈り求めることができます。

困難になっても落胆することはありません。神様が私たちを助けてくださいます。

神様の時と方法は私達の思いと違っていることがあるかもしれません。

しかし、全てを益に変えてくださる、神の愛に信頼して大胆に神様の前に出て行きましょう。

私達は神の作品です。

エペソ2:10
「私たちは神の作品であって、良い行いをするために造られたのです」

私たちは偶然、この世に生まれたのではありません。
神様は、私たち一人一人を造られました。

私たち一人一人は神様が造られた作品です。

作品ですから製作者の目的や意図、つまり、神様の考えや計画があるのです。

神様は無駄に創造はしません。造られた私達は、神様の深い考えのもとに役割が与えられています。

それは、神の目から見て良い行いをすることです。

つまり、神様から与えられた目的や役割をしっかり果たすことが良い行いをすることです。

神に失敗はありません。神様がお造りになった私たちには失敗作品はないのです。

問題は私たちが神を信じて神に従うかどうかです。

神様は私たち一人一人を大切にしてくださっていますよ。
 
感謝ですね。

教会はキリストのからだです。

エペソ1:23
「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです」


教会は建物ではなく、キリストのからだです。
ですから教会にいる私たちクリスチャンは、キリストのからだの一部です。

従って、キリストのからだである教会にはキリストが満ちていますし、教会に通う私たちは、満ち満ちたキリストの恵みを受けることができるのです。

私達クリスチャンは、イエスキリストを信じることで、一つに集められ、神の国を受け継ぐ者になりました。私達に与えられた聖霊は私たちに対する保証です。

そして、私達はイエスキリストによって、神のみこころを知る知恵と啓示の御霊を与えれるのです。
キリストのからだの恵みを教会でたくさん受けましょう。

感謝ですね。

2011年6月7日火曜日

腰から右足の痛みがなくなった。

S姉は、いつも元気です。S姉が日曜日の朝に起こったことを

健康で具合がわるいなんて思いもよらないほど元気で、何があっても「これも、神様の導きじゃないかしら」と言って、いつも神様をほめたたえています。

 ところが、土曜日の厚木カリスマ聖会の前の、金曜日に腰と右足が痛くなって動けないほどになりました。カリスマ聖会には御主人も行くことになっていて、どうしようと思って祈っていたら、土曜日にはすっかり直って、お二人でカリスマ聖会にくることができました。

モーセ牧師は、聖会ではS姉が腰や足が痛いとは全く思えないほど普通だったと言っていました。
S姉もまったく痛みがなかったので、いやされたと感謝していました。

すると、日曜日の朝、起きたら腰と足が痛くて痛くて、足を引きずるほどでした。御主人もビックリしたそうです。
それで、すぐにモーセ牧師に電話して、「今日は、腰と足が痛くて教会にいけません」と言いました。

モーセ牧師は、みき子姉と一緒に電話でいやしの祈りをしました。

しばらくすると、S姉はちょっと良くなってきたので、洗濯物を干したいと思い、やってみたら、洗濯物を干すことができました。それで、じゃあ愛犬の散歩をしたいと思い、やってみたら、散歩ができました。

そして、「これじゃあ、教会にいけるじゃん」と思って、モーセ牧師にメールして、「いやされましたので、教会に行けます」と伝えました。

教会では、礼拝の奉仕や、賛美の練習、預言の学びなど全てのメニューをこなして、
みんなで、食事ができました。

主に感謝します。