2010年4月29日木曜日

花束とタケノコのプレゼント

 職場の食堂で定職にタケノコご飯が出ていました。わたしは食べようかどうしようかと悩んで、寒いのでラーメンにしたのです。このことも、なぜか気になって、タケノコご飯が食べられないことも感謝しました。そんなことがあった日曜礼拝のことです。

 教会の礼拝で恵まれた後で、みんなで食事をしにいきました。とても楽しい食事会になりました。食事をしていた時、S姉妹からにメールが来ました。

 その日の礼拝は、S姉妹の家で行事があり礼拝に出席できませんでした。ご本人は、度々メールを送ってくださり、礼拝とその後のバイブルスタディーの時間を予定を気にされていました。しかし、時間が間に合わなくて参加できませんでした。

 S姉妹のメールは、予定を尋ねるメールでした。すぐに電話をすると私たちがお店に入ったチョット前に同じ場所でご家族で食事をしていたそうです。そして、「タケノコともち米があるのよ」もらってくれない」という話になりました。そして、タケノコをもち米と花束をくださいました。

 花束は、同じ教会の姉妹が手術をして歩けるようになってちょうど1年過ぎたのでお祝いとのことで大好きな花の花束をくださったのです。

 S姉妹は本当に、元気印で信仰の方で、ご家族もそうでしょうが、教会も明るくなっています。また、告白がすばらしく「教会に沢山人が来たら、対応できるように訓練よ」と言って、いつも奉仕をしてくださっています。神様は素晴らしい方を教会に集められています。感謝です。

 教会は主の力があふれています。ただきているだけでいやされます。

上野公園の給食サービスと神の愛

 「あなたがたがこれらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです」  マタイ25:40

 上野公園で給食サービスされている様子を見させていただきました。300人くらいの方々が集っておられました。集まった皆さんが、全員手を上げて賛美し、牧師のメッセージを聞いていました。

 給食サービスを受けるようになったのは、一人ひとり様々な理由があることでしょう。厳しい経済問題もあるでしょう。人間関係や家族との間で問題があったのかもしれません。愛が冷えてしまい、病に倒れた方もおられるかもしれません。

 神様はどの様な境遇の方々にも変わることのない愛を注がれています。しかし、現実は厳しのだから、神の愛より衣食住とお金だと言う方々もいらっしゃることでしょう。
 確かに差し迫った必要があります。ですから、給食サービスがされています。薬を配布しています。着る物を配布しています。神様が与えてくださった命を全うすることは重要なことだからです。

 同時に私たちは、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口からでる一つ一つのことばによる」と書いてあることも信じています。神のことばは、私たちの霊を養い、私たちを永遠の命に導くものです。

 私たちは誰も、どんな境遇にあっても、今はどんなにつらくとも、神の愛に信頼し、神の言葉により頼み、祈りつつ神の時を希望をもって待っているのです。背負っている重荷は神のところに来なければ、誰も重荷を下ろすことはできません。

 神の国は現実の生活で決まるのではなく、神を信じる信仰のある人のものです。



 

厚木の桜

 春の訪れとともに桜の季節がやってきました。今年は天候が不順で寒い日が続いています。しかしこの寒さのおかげで桜を楽しめる期間が長くなりました。悪いことがすべて悪いとは限りませんね。

 神様は、良いことも悪いこともすべてを益にかえてくださいます。

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべての事を働かせて益としてくださることを知っています」ローマ8:28
 
寒くて体調を崩し、風邪を引いた多くの人がいらっしゃいます。病気が治ったとき、桜がいつもより長く咲いているのを見ることでしょう。喜びはひとしおではないでしょうか。

 私たちにとって悪いことというのはなんでしょう。誰が、どの程度、どのくらいの期間、悪いことなのでしょうか。私たちは、いつも、今という時を問題にしがちです。

 長い目で見た時、その問題が解決しなかったとしても、そのことがあったことが、その時の自分にとって、後の自分にとって最善だったということがないでしょうか。

 そのことがあったので今の自分があるということはないでしょうか?

 私たちにとって最悪に思えても、最善をなす神様からみるとそのことが私たちにとって必要であり、そのこと事態が素晴らしい神の計画なのです。
それは、神様が私たちを愛をもって導いておられるからです。

 どんな親が大事な自分の子をひどい目にあわせる人がいるでしょう。そのことが、自分の子どもにとって苦しくとも、悲しくとも、辛くとも必要で、親が強制してもやらなければならない、クリアしなければならない課題だとしたらどうでしょう。

 神様は最善をなす方です。そのことを信じてみませんか?信じられないという方は、信じれるように祈ってください。神様は御心の祈りを聞かれます。

2010年4月4日日曜日

桜が満開です。

桜が満開です。川べりの桜は特にきれいにみえますね。また、桜は沢山の花が青空に映えてきれいです。
今年は寒さが残り、花がいつもより長く咲いている感じがします。
これも感謝です。

さて、新しい年度がスタートして、新人さんが会社に入ってきています。希望や期待が膨らむ時期です。

ひとりひとりが思いをもち、がんばろうと考えていることでしょう。ちょっと力も入っているかもしれません。
しかし、今は、スタートしたばかりです。
あせらず、まず、知ることが大切です。見るもの聞くものがすべて新しいことばかりでしょう。まず、沢山の知識を収集してください。

そして、少し、おちついたら、集めた知識を活用する知恵をはたらかせてください。
聖書でも知恵は「知恵のある者はこれを聞いて理解を深め」(箴言1:5)とありますので、知識を深めることに関係がありますね。
よく知ることと知ったことを活用する知恵が、見分けていくポイントです。

聖書では「主を恐れることは知識の初めである」と書かれています。聖書には、沢山の神様の知識があり、知恵があります。毎日少しづつ読みましょう。

 ビジネスの世界でも沢山の人が聖書の御言葉によって会社を運営しています。山の頂上に立つには、まず一歩踏み出すことから始まります。そして、続けていくことが必要ですね。

2010年3月14日日曜日

厚木ゴスペルとカリスマの集い

 厚木聖会がありました。約20人の方が参加しました。

 前半のゴスペルコンサートでは、厚木リバイバルチームが「ラッパの音とともに」、I兄弟が「花」をバイオリンを引きながら賛美、そして、エウカリスティアスが「詩篇121編」などやすらぎの9集から3曲賛美をしていただき、みき子姉妹が自身の作曲した、「主の道」「この方こそ」を賛美し、最後に出演者全員で「大きな愛」を賛美しました。
 参加された方の中には、何人も涙を流された方がおられました。

 






また、カリスマ聖会では、モーセ小野島牧師の預言のセミナーがいよいよ最終章を向え、預言の働きが個人の人生や教会の働きにおいて、非常に重要であることが語られ、また、東京アンテオケ教会のパウロ秋元牧師から預言で語られたことが次々と成就されたことが、具体的に語られたました。


 また、賛美の後のモーセ牧師のショートメッセージでピリピ書4章から問題を神のところに持っていくことにより、平安がえられること、また、パウロ牧師はローマ書10章から、信仰の対応をすることにより、主のわざを見ることが語られました。

 参加者は、ミニストリーで個人的な祈りを受けていました。そして、今回の厚木聖会では参加者の中からイエスキリストを救い主と信じる信仰告白をされた方がいらっしゃいました。聖会にお誘いしたかたは「25年間の祈りが成就しました」と泣いておられました。主に感謝します。

主のわざは完全です。
 
 

春が来たのでしょう

 久しぶりに上天気で、気温もあがりました。家の窓を開け外の庭をみると、椿が咲いていました。

 知らない間に春が近づいていました。
いつから春になるのか、冬と春の境目は一体いつなのか誰も知れません。
しかし、春は着実にやってきます。人がそれに気が付かないのですね。

 神が私たちに与えてくださる恵みも、気が付かないことが多いのです。ラッキーといったりしていますが、神の恵みなのです。
神の恵みをもっと受けたい人は、信仰の対応をしなければなりません。それは、主に祈ることです。

 何んでも祈ってよいのです。御心の祈りであれば主がわざをなされます。
しかし、祈らなければ主のわざが顕著には現れないところを見ると、主は、私たちの心を見ておられるとしか、思えませんね。

祈ってみてください。御心の祈りは主に聞かれますよ。

雪のロール

雪が降った日に、車にヘンなものがあるのに気が付きました。主のなさることに偶然はありませんから、おどろいて、ジッとみると、それは、雪のロールでした。

何がどの様になったらこうなるのか、イメージが付きません。出勤しなければなりませんので、とりあえず写真にとってあとで、研究することにしました。

しかし、身近なことではありますが、人間の想像を超えた神の働きを感じました。人間なんて、知らないことが多いですね。

まさしく「主を恐れることは知識の初めである」です(箴言1:7)